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藤子・F・不二雄大全集『ドラえもん 8巻』
藤子・F・不二雄大全集『ドラえもん 8巻』

ドラえもん08

藤子・F・不二雄大全集の第十二回配本分の『ドラえもん 8巻』の感想です。
1968年生まれの読者が読んだ学年誌収録作品が収められています。

毎度毎度毎度書いてますが、この巻も名作ぞろいです。
収録作品は、「おくれカメラ」「声のかたまり」「勉強部屋のつりぼり」「音のない世界」「ホラふきご先祖」「シンガーソングライター」「バイバイン」「未知とのそうぐう機」「天井うらの宇宙戦争」「めだちライトで人気者」「オンボロ旅館をたて直せ」「のら犬「イチ」の国」等々々。

子供の頃大好きだったのが、「声のかたまり」。
何度も何度も、声を出して笑った事を覚えてます。

大人になった星野スミレ(パー子)が、みつ夫の事をずっと想い続けている事が分かる「めだちライトで人気者」もイイですね。
他の藤子・F・不二雄作品のキャラクターが、一コマとか二コマ程度、ゲストで登場する事ってたまにありますけど、星野スミレほど大きな扱いをされたキャラって他に無いですよね。
藤子F先生も、彼女には特別な思い入れがあったんでしょうか。

てんとう虫コミックス未収録作品も多数収録されていて、どれも面白いのですが、ちょっと引いたのが「ごきぶりふえ」と「ゴキブリカバー」の二作品(苦笑)。
特に「ゴキブリカバー」は、ゴキ嫌いの私にとっては、ちょっとしたホラーでした(((((( ;゚Д゚)))))ガクガクブルブル

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Posted by スミレ
comment:6   trackback:0
[藤子・F・不二雄大全集

thema:藤子・F・不二雄大全集 - genre:アニメ・コミック


comment
藤子先生の作品にはゴキブリがよく登場しますよね。一番ショッキングなのは新聞を作る話での「野比玉子さんの……」ってやつかなあ(←やめい)

トキワ荘のころ、対策によほど苦労したんでしょうね藤子先生。

短編SFの名作「うちの石炭紀」というやつでは(←だからいいかげんにやめい)

いろいろな意味で申し訳ありません。星野スミレさんについて書くつもりだったのに(^^;)
2010/07/18 10:09 | URL | edit posted by ポール・ブリッツ
>ポール・ブリッツさん
確かに多いですよね。
トキワ荘で苦労されたのかも知れませんねぇ。

それでも、ただ気持ち悪い存在として描くのではなく、利用してみたり、進化させてみたりするのが、藤子F先生らしい所だと思います。
私だったら、そんな冷静には見れないです。
2010/07/19 23:28 | URL | edit posted by スミレ
星野スミレさんについて書きます。

星野スミレさんは、普通の藤子F先生が少年漫画で描くタイプの美女とは、面立ちがちょっと違いますよね。

やはりあれは、のび太に対比しての、「大人の女性」を印象づけるためなのではないかと思います。

「のび太の結婚」などに出てくる大人になったしずかちゃんが、「子供のしずか」の延長線上にしかない存在なのに対し、星野スミレさんはそこを飛び越えた存在としている。

そこに星野スミレさんの魅力があるのではと思います。

星野スミレさんがパー子だったことと、どうつながってくるのかはわかりませんが……。
2010/07/20 23:13 | URL | edit posted by ポール・ブリッツ
>ポール・ブリッツさん
なるほどー。
確かに、大人のしずちゃんと大人の星野スミレは、明らかに違いますね。

もし、パーマン本編もしくは続編とかで、大人になった星野スミレが登場する事があったとしたら、また違った描かれ方をしていたのかも知れませんね。
でも、大人になったパーマンとか想像すると、「劇画オバQ」になりそうで、見たいような見たくないような感じですが(笑)
2010/07/22 02:37 | URL | edit posted by スミレ
基本的に、オバQは、「永遠の子供」なのでありますよ。
だから現実の大人社会と向き合うと、「子供」としての弱点がむき出しにされて悲惨なことになる(これが「劇画オバQ」のいいたかったことではないかと思います)。

しかし、パーマンであるみつ夫は、すでに大人としての通過儀礼を済ませています。
それが、現行の最終回で出てきた、「バードマン(スーパーマン)の星へ行くこと」なのだとわたしは思います。(現物は読んでいませんが、別なサイトでストーリーだけは読んだ)

オバQが、「子供の視線に基づく社会とのずれ」を笑いの種にしていたのに対し、パーマンのいくつかのエピソードでは、明らかにビルドゥングズ・ロマンを思わせるものがあります。(みつ夫がパーマンをやめようとするも、自分の正義感と義務感から山奥の被災地に「自分でもよくわからないけれど」向かっていくエピソードとか、みつ夫の正体がばれそうになる「かなしい勝利」とかのエピソードはわたし大好きです)

みつ夫は成長し、子供からいつかは脱却する存在として描かれているため(むろん正義感は持ったままでしょうが)、そのままの形でパー子との出会いを描くわけにもいかなかったのだとわたしは思います。もし描いたとしても、それは「劇画オバQ」ほどの強烈なメッセージ性を伴わない、単なるラブロマンスに終わってしまったと思うので、藤子F先生も描く意味を見出しえなかったのではないでしょうか。(というか、分別ある大人の二人には、「会う」という選択肢をリアルな意味では選べなかっただろうと思います)

それに、「パーマン」にとっての「劇画オバQ」に当たるものはすでに藤子先生は描いておられるとわたしは思うのですが。

そのひとつは、「中年スーパーマン佐江内氏」であり、もうひとつは「ウルトラスーパーデラックスマン」でしょう。

佐江内氏も、「ウルトラスーパーデラックスマン」も、ある意味みつ夫の影なのではと思います。みつ夫が社会と向き合ったときどうなるのかについての、二つの対照的な例がそこにあるのだと。

わたしは、みつ夫は、第三の道を選んで歩んでいると信じています。そしてそれには、どうしても、過去との決別が必要なのだとも。

思い入れがあるので長くなっちゃった(汗)プリキュアは明日ね(汗)
2010/07/22 17:42 | URL | edit posted by ポール・ブリッツ
>ポール・ブリッツさん
そうですね。
確かに仰る通りです。
「オバQ」と「パーマン」では、同じになる訳が無いですよね。
というか、そこまで深く考えての発言じゃなかったのでスミマセンスミマセン。゚(゚´Д`゚)゚。

“「劇画オバQ」になりそう”というのは無粋な発言でした。
大人のパーマンは描かれなかったし、「めだちライトで人気者」での星野スミレの希望に満ちた表情からも、その先の幸福な未来を疑う理由は何も無いんです。
だからこそ「めだちライトで人気者」というエピソードが、あんなにも印象深いんですよね。
2010/07/23 02:46 | URL | edit posted by スミレ
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